みなさんこんにちは。
火曜日担当の舞子です。
今日1月17日で阪神淡路大震災から22年。
当時わたしは小学校1年生
わたしの住む奈良県の震度は4でした。
普段は3姉妹で一つの部屋、お父さんとお母さんが一つの部屋で別々で寝ていたのですが、その日は偶然、家族全員で同じ部屋に寝ていました。
午前5時46分、大きな揺れで目を覚ましました。
母は早朝からパン屋さんのパートに出ていて不在で、父とわたしが飛び起き、慌ててテレビをつけてニュースに釘付けになりました。
震度4でも、突き上げるような大きな揺れがあったのですから、震度5、6だった地域の皆様はどれほどの思いをされたのでしょう。その恐怖は計り知れません。
震災からしばらく経ってから、父に連れられて被災地に出向きました。
震災の揺れで、火災で、家屋が倒壊し、それはそれは遠くの空まで眺めることができました。
つい最近まで、わたしたちが住んでいるところと変わらない街並みがあったとは到底思えない景色でした。
父は冗談半分で「ここから歩いて帰って来い!」と言いましたが、本気で「怖い」と思ったのをよく覚えています。
本当にこの世の景色なのか、わたしたちの住む日本なのか。。まるでRPGのゲームの中に取り残されるような感覚でした。これから大きな何かが襲ってくるような・・。
時間も夕方近くだったこともあり、とても薄暗く、不気味な世界に感じました。
父は、帰りの車の中で、「今日見たことを絶対に忘れるな」とひとこと言いました。
それから数日後、近所のスーパーでお年玉の一部を復興支援の募金箱に入れたことを覚えています。
わたし自身は直接被災したわけではないですが、様々な天災の報道があるたびに、そしてこの時期になると特に、当時感じた胸の苦しさを思い出します。
じゃあわたし自身は、被災地支援などをしているかといえば、そうではありません。
日々、自分の生活をするのにいっぱいいっぱいなのが正直なところです。
でも、わたし自身は、それでいいんじゃないかな、と思っています。
忘れないこと、今をしっかり生きること、そして命の尊さを語り継ぐこと。
それがわたしにできることなのかな、と思ったりします。
最近では、今日のことをテレビのニュースでみる機会が減っているように思います。
風化と捉えるか、復興が進んだと捉えるか。。
いずれにしても、何度季節を重ねても、どんなに景色が変わっても、ぬぐい去ることのできない想いを抱えている方もたくさんいらっしゃるかと思います。
犠牲者の方々への鎮魂の意を胸に、今という時間をしっかり生きていきたいです。
*火曜日担当*
舞子
2008年出版のムコネット書籍『命耀ける毎日』の企画・編集を担当。
2012年に結婚。
2015年5月2日第一子男児出産。
どこにでもいる普通の共働き主婦です。